kagurazakaundergroundresistance:
2009-09-19ak47:
arial & helvetica -or- helvetica & arial
on friday, i hosted a screening of helvetica for some buddies of mine that didn’t know that there were other typefaces besides times new roman. it turns out, there ARE other typefaces and one of them is helvetica (and another of them is papyrus.)
the documentary does not explore the relationship between helvetica and microsoft’s derivative, arial. so to help ignite the post-viewing dialogue, i made this supplement illustrating the key differences in letterforms. however, in place of any spirited debate, my buddies decided instead to take turns delivering roundhouses to my jaw, saying “a documentary about a font is as interesting as it sounds.” i could not agree more.
Twenty Eight O'clock Jump

圧倒的に生産性の高い人(サイエンティスト)の研究スタイル - ニューロサイエンスとマーケティングの間 - Being between Neuroscience and Marketing
忘れないうちにrereblog
自己紹介をします。 男性で27歳です。かなりの草食系男子です。 今まで女性に積極的にいったことがありません。 メール、電話の使用頻度は用事があったときのみで ほとんど使用したことがありません。
相手の女性は23歳です。 メールをしている間、結構早いスピードでメールが 返信してきました。
昨日は向こうから5,6回たわいもないメールをした後、 「仕事があるんでそろそろ・・・」と いうので「おやすみ。また連絡します」というのを 送り、終了しました。
ここで、質問です。 こちらからの送信でメールが途絶えましたが、 今日はこちらからメールしてもいいんでしょうか?
もし、こちらからメールを送る場合、どんなメールが いいんでしょうか?
そもそも、メール連絡って毎日するべきものなんですか?
またメールは苦手なので、できれば早く出会いたいの ですが、いつごろ言うべきでしょうか?
小学校の学級は、まったくの偶然の結果、集まったメンバーによって構成されています。同一目的を持つ必然性のないメンバー全員に、一律参加、同一行動を強制するような活動には、人間関係を害する構造的な原因があるのです。
もちろんこうした「構造的問題」を含むカリキュラムは、小学校教育の至るところで見られます。たとえば、合唱コンクールや一斉給食、集団下校、体育祭などのダンスなどをあげることができます。しかし、30人31脚は、こうした「普通の集団行動」よりも、いっそう深刻な問題点を持っています。それは、ひとりの失敗により、全体が大打撃を受けるという点です。その他の集団活動では、合唱にせよ、ダンスにせよ、一人の失敗が全体に与えるダメージは大したものではありません。一人や二人くらいひどい音痴がいたとしても、全体がしっかりしていれば、合唱がまったく崩壊してしまうことはないのです。むしろ、集団全体が少数の音痴をカバーすることすら可能です。つまり、「普通の集団行動」は、その程度の「個人差」を許容できるのです。しかし、30人31脚では、こうはいきません。一人の失敗が集団全体の失敗を意味します。そして、一人の失敗を集団はカバーできません。失敗をひたすら回避することが協調性でしょうか。一人の失敗すらカバーできない競技でチームワークが育まれるのでしょうか。



